弓矢は、刀剣とは異なる神秘性を持っていて、アニメ、ゲーム、ファンタジー映画…と、たくさん登場します。アニメやゲームファンの世界では「弓使いキャラ」というカテゴリーが確立しています。
弓矢を間近で見る機会は少ないですが、思い起こせば、初詣で破魔矢を手にしている。弓矢は遠い世界の武器のようで身近な存在でもある、ちょっと不思議なアイテムです。
今回は、講談師・神田桜子さんにお付き合いし、大田区南馬込にある大田区立郷土博物館の2階にて開催中の特別展『矢を放て!~関東の弓矢、一万年~』を訪問。弓矢の実物を見学してきました。見学後の桜子さんは、お土産の手ぬぐいの前でにっこり。感想は「運気が上がる気がする!」。
手ぬぐいに描かれたKABURAYA(鏑矢)とは、先端付近に鏑が付いた矢のこと。戦を始める合図として用いられました。それが転じて、新しいことをスタートする縁起物になっています。
それでは、ここから桜子さんのレポートがスタート!
神田桜子 プロフィール
日本講談協会 落語芸術協会 所属
【好きなもの】メガネ、ネイル、漫画、アニメ、映画
芸歴
2015年 12月 神田陽子に入門「桜子」
2020年 5月 二ツ目昇進
神田桜子(以下 桜子さん):こんにちは、講談師の神田桜子です。ちょうど先日、『扇の的』という講談を読んだところです(講談では披露することを「読む」と言います)。『扇の的』は、あの有名な平家物語の一節で、名人・那須与一(なすのよいち)が矢で扇を射る場面をとても美しい言葉で再現します。
―――豪弓に矢をつがえ、キリキリキリと引き絞れば、さながら空ゆく満月のよう。ノッピキヒョウと射って放てば矢はビューンとうなりを生じて飛んでいきます。―――
(講談『扇の的』より)
桜子さん:昔の人は、しなった弓の曲線を「さながら空ゆく満月のよう」とロマンチックに描写しました。月で静寂を感じます。扇を射た瞬間の美しい情景がたまらなく好き。実は、放たれた矢は鏑矢です。講談では、矢が飛ぶ際の音までも神秘的に読みます。
どのような矢が展示されているのでしょうか?さっそく見学していきます。
※館内は一部を除き、原則撮影禁止です。今回は特別な許可をいただき撮影しております。
順路案内は矢を射る可愛いイラスト。実はこれ、郷土博物館館長様が描いたオリジナルキャラクターなのだそう!この他にも館内にはあちらこちらに隠れているので、ご来館の際はぜひ探してみてくださいね。
さて今回の展示は、縄文時代から現代まで、時の流れに従って見学できるようになっています。特別に学芸員の斎藤あやさんにご案内いただきました!
(写真左が学芸員:斎藤あやさん、右がインタビュアー:桜子さん)
斎藤あやさん(以下 斎藤さん):弓矢には、一万年にも及ぶ長い歴史があります。縄文時代の始まりと相前後して出現し、小動物の狩猟に適した道具として考案されたと考えられています。弥生時代以降は武器として発展。武威を象徴する道具としての役割もあり、美しく装飾されたものや、弓矢をめぐる物語がたくさん残されています。
2階の展示室に入ると、明るく照らされた展示ケースがずらりと並んでいました。まるで宝飾店のよう!まず目に入ったのは、無数の石鏃(せきぞく:石で作られた矢じり)です。
斎藤さん:大昔の弓矢は、だいたい、石でできた石鏃の部分しか残らないです。柄の部分の木や竹は腐ってしまう。だから、私たちの目に見えるのは、この部分だけ。
桜子さん:色、形も様々で美しいですね。でも、手で造るのはきっと大変。当時の人は、矢を放ったら拾って再利用したのでしょうか?
斎藤さん:放った人が回収しているものもあると思いますが、放ちっぱなしみたいなものもあるみたいです。こうした石鏃は、住居跡の中ではなく何もない野原とか丘の上とか、ちょっと変わったところから出土することが多いですね。
桜子さん:時間をかけて造るのに、使い捨てになるのはもったいない!
西馬込から旗の台に向かう途中の貝塚坂周辺には、貝塚を伴う縄文時代の集落遺跡があったそうです。
次の展示ケースには、さらに凝ったデザインの鏃が展示されていました。古墳時代前期のものと見られています。材料は銅と錫(すず)の合金の青銅。時代と共に技術が進歩し形状も変化していますね。
桜子さん:やはり、展示されているのは鉄や銅などの鏃の部分だけ。先端部しか残っていないのか。だから、見た人がこうだったんじゃないかな?」「こんな人がいたんじゃないかな?」みたいな“残っていない部分”を自由に語れそうですね。
斎藤さん:たぶん、そういうところが矢の魅力だと思いますよ。
次に見つけたインパクトある展示物は、鉄鏃(雁股鏃:かりまたぞく。先端が二又に分かれた矢じりのこと)です。一般的な矢のイメージとは違う形。冒頭で桜子さんが「運気が上がる気がする!」と絶賛していた、お土産の手ぬぐいのイラストと同じ形状です。
斎藤さん:(平家物語の)那須与一の時代、戦を始めるときに放つ矢は、だいたい、この形をしています。また、儀礼に使用する弓には文字が刻まれていることもあります。
桜子さん:ただ、遠方の目標を射る(刺す)ことだけが目標ではないのですね。
さらに展示室を順路に沿って奥に進んでいくと、時代も進み、木や竹で造った部分の展示が増えてきました。漆塗り、柄にも手が込んでサイズも大きくなっていきます。江戸時代に造られた面白い形の矢を見つけました。蟇目(ひきめ:中が空洞で表面に数個の穴がある、木製で円柱形の両端がとがったもの)です。これも矢の一種ではありますが、目標(的)に刺さりません。
斎藤さん:これは、いわゆる鳴鏑(なりかぶら)と呼ばれるものです。飛ぶときに鏑の穴から空気が出てビュンと大きな音を発する道具です。
蟇目の出す音が邪を払い、場を清めるとされているそうです。だからこの形状は、今も破魔矢や流鏑馬の矢に受け継がれている。
そういえば、「鳴鏑」という覇気を衝撃波として打つ遠距離攻撃を得意にしている某アニメキャラクターがいたような。これがルーツなのか……。
斎藤さん:戦国時代に入ると武器としての役割を鉄砲に譲りますが、武術の一つである弓術や、神事における実演という形で、現在までその命脈を保っています。
斎藤さんのお話によると、矢は、初詣の破魔矢のような縁起物・魔除けとして今も日本人の生活の近くにあるのだそう。
第60回式年遷宮の後の昭和51年に、伊勢神宮の神宝「御櫛笥(みくしげ)」「御弓(おんだらし)」「御楯(みたて)」が新田神社に特別に撤下(てっか)されています。郷土博物館には、その「御弓」と「御楯」が展示されていました。その色鮮やかさ、美しさに桜子さんも絶句……!!目にした瞬間、思わずうっとりと見入ってしまいました。
ちなみに、大田区矢口にある新田神社は、講談や歌舞伎等で人気の『神霊矢口渡(しんれいやぐちのわたし)』の舞台にもなっていて、物語には妖怪変化(へんげ)を射落とす「水破兵破(すいはひょうは)の矢」が出てきます。蘭学者・平賀源内の提案により、新田家の黒一文字の短冊をつけた「矢守」を売り出したことから「矢守 破魔矢の元祖」となったのだとか!
興味が湧いた方は、ぜひ新田神社にも足を伸ばして見学してみてください。(バスと徒歩で約30分の移動距離)
所在地:東京都大田区矢口1丁目21-23
電話番号:03-3758-1397
公式ホームページ:https://nittajinja.org/index.html
桜子さん:展示には学芸員さんの愛が詰まっている!学芸員さんが、その時代に生きていた人の生き方や信仰を根拠に基づいてイメージしながら展示していると思います。「出土品から専門家の間で解釈に議論が起きるものが多い」と聞いて思いました……「弓矢はロマンに溢れている」。頭の中で想像しながら展示を見ていくのが楽しいと思います。
斎藤さん:特別展「矢を放て!~関東の弓矢、一万年~」に来た人は邪気を退け、運気が上がるのでは……!?そう感じてしまうほど、とても大満足で胸いっぱいな内容でした。
矢を間近で見るのは初めてだったという桜子さん。取材のスタート時は静かに説明を聞いていましたが、順路を進むうちにテンションが上がっていくのがよくわかりました。次第に質問は矢継早(やつぎばや)に……。
どうですか?矢に興味が湧いてきましたか?もしかすると、皆さんのお出かけ先候補の白羽の矢が、特別展「矢を放て!~関東の弓矢、一万年~」に立つかもしれませんね。
会期:令和6(2024)年10月8日(火曜日)~12月1日(日曜日)
【特別展 観覧料】
一般(区内在住・在学300円/区外500円)
中学生以下(区内在住・在学100円/区外200円)
未就学児・65歳以上の方・障がい者(付き添い1名)無料
・要身分証明書持参
・支払方法は現金払いのみです。
(注釈1)毎週土曜日、休日、祝日はこども(中学生以下)無料公開日(年齢のわかる書類をご提示ください)
主な展示物:
『紙本着色新田大明神縁起絵』は東京都の指定文化財。南北朝期の弓馬合戦の様子が描かれた貴重な絵巻物で、東京都内の博物館では修理後、初お披露目となります。
紙本着色新田大明神縁起絵(下巻部分)/江戸時代/新田神社所蔵 株式会社 半田九清堂画像提供
黒曜石で作られた縄文時代の石鏃/東京都大田区大谷・下谷遺跡/縄文時代/大田区立郷土博物館所蔵 大田区立郷土博物館画像提供
黒漆の飾り弓/埼玉県さいたま市大木戸遺跡/縄文時代/埼玉県教育委員会所蔵 大田区立郷土博物館画像提供
鉄鏃(雁股鏃)/東京都大田区多摩川台1号墳/古墳時代/江戸東京たてもの園所蔵 大田区立郷土博物館画像提供
図録は、令和6(2024)年11月中旬から販売する予定です。
大田区立郷土博物館は、大田区を中心とした人文科学系の博物館で、考古、歴史、民俗の各分野に関する資料を保存・展示しています。入館は無料です。特別展「矢を放て!~関東の弓矢、一万年~」は2階で開催(特別展は有料)。3階の常設展では、画業人生のうち27年間程を大田区域内で過ごした版画絵師・川瀬巴水の作品が展示されています。
版画絵師・川瀬巴水の作品展示
※写真の展示品は取材日当時(2024年10月中旬頃)のもの。作品は定期的に入替えのため、現在は展示内容が一部異なります。
開館時間:午前9時から午後5時まで
休館日:月曜日(ただし、休日・祝日の場合は開館し、振替休館はしません)
所在地:〒143-0025 大田区南馬込五丁目11番13号 都営地下鉄浅草線・西馬込駅から徒歩7分
TEL:03-3777-1070(代表)
https://www.city.ota.tokyo.jp/seikatsu/manabu/hakubutsukan/index.html
日本の歴史にどっぷり触れた後は、郷土博物館から徒歩5~6分のところにある「蕎麦香房はた野」さんで和食ランチ。
石挽、素材にこだわったツヤッツヤの手打蕎麦は、のどごしつるん!ボリューム満点に盛り付けられていましたが、ふわっと鼻に抜ける蕎麦の香りも楽しみながら、あっという間にべろりと完食です。
(写真は「冷たいせいろ+塩サバ焼きセット」)
ランチセットは冷たいせいろ又は温かいかけそば+塩サバ焼きや小天丼のセット(ライス、サラダ、お新香付き)が選べて1000円とコスパも抜群!(※2024年10月現在)
所在地:東京都大田区南馬込5丁目30-9
電話番号:090-1501-5568
ホームページ:http://www.soba-hatano.com/
ランチのあと、「御菓子司わたなべ」さんで、江戸伝統野菜のひとつ、大田区の特産品「馬込大太三寸人参」を使用した銘菓「馬込三寸人参まんじゅう」を自宅用のお土産に。口の中に広がる人参の甘味とふんわり上品な甘さの白あんが心地よく調和した贅沢な逸品。
他にも地名にちなんだ「馬込文士村まんじゅう」や山菜おこわ、季節の生菓子など種類も豊富で、どれにしようかな…と悩むのも楽しみの一つです!
所在地:東京都大田区南馬込5丁目32-3
電話番号:03-3772-5082
ホームページ:https://ota-mice-guide.jp/miyageweb/item/63/
今回ご紹介した馬込は、池上、洗足池とともに「馬池洗(まいせん)」と呼ばれ、大田区の古くからの景勝地として知られるエリア。馬込を訪れたら、都会のオアシス・洗足池公園や都内屈指の梅の名所・池上梅園など、馬池洗の人気スポットにもあわせて足を運んでみてはいかがでしょうか。
本記事のライター:石井 和裕
プロフィール:
PRSJ認定PRプランナー。観光振興ビジョン等を執筆する等、観光庁、農林水産省、地方自治体による地方創生に従事。観光と女子サッカーに関する仕事で全国を飛び回ってきたが、大田区蒲田と広島市西区横川はとても似ていると思っている。
監修:松本里美/三好順