大田区の大森エリアに2年ほど住んでいる私。海の日である7月15日、なんだか街の様子がいつもと違うことに気づきました。どうやら厳正寺(ごんしょうじ)というお寺で、東京都の無形民俗文化財である「水止舞(みずどめのまい)」という行事が開催されるみたい。せっかくだから行ってみようかなあ。
……気軽な気持ちで行ってみた水止舞で出会ったのは、ほかの祭や行事では見たこともないような唯一無二の光景でした。今回は、近隣住民の筆者が水止舞に初めて行ってみた体験をレポートします。
そもそも水止舞とは、どんな行事なのでしょうか。
大田区ホームページでは「古くから水害に悩まされたことから伝わる、雨を止める祈りの行事」と記載されています。
雨を止める……つまり、雨乞いの逆ですね! 雨乞いの儀式は古くからあるイメージでしたが、雨を止めるための儀式もあるなんて初めて知りました。
水止舞の由来は700年以上前の厳正寺住職である、法密上人(ほうみつしょうにん)がおこなった祈祷に由来します。法密上人は雨乞いの祈祷を成功させましたが、今度は雨が降り止まなくなってしまったんだそうです。
雨を止める儀式のために住民を集め、龍の像を被って舞わせたり、笛太鼓を叩いて法螺貝を吹かせたりした法密上人。すると、見事に雨は止み、あたりは晴れわたりました。このことから、厳正寺には水止舞を奉納するならわしとなっています。
そんな水止舞は、大きく分けて2つのパートで構成されています。
1.道行(みちゆき)…雨乞いの儀式
2.水止舞…雨止めの儀式
雨乞いをしてから、今度は雨が止むように願う……法密上人が実際にやった流れを再現するかのようですね。ダイナミックな道行がどうしても注目されがちですが、道行だけでは水止舞は成立しません。歴史や云われを知ったうえで、ぜひ両方見てみてください。
水止舞がおこなわれる厳正寺は、京浜急行「大森町」駅より徒歩約8分。いつもはサラリーマンや学生が多い大森町駅ですが、今日は外国人観光客や、ビニールでぐるぐる巻きにしたカメラを持った人たちがいました。毎日暮らしている街のはずなのに、なんだかすでに、いつもと様子が違う気がします。
駅から歩いて、厳正寺の近くまで来ると「いつもと違う」予感が確信へと変わりました……。
あっちも、
こっちも、
ここにも……
街が「バケツだらけ」なのです!!!
そして、その隣にはたっぷりと水を張った桶や水槽があります。
到着した厳正寺の目のまえにはもちろん……
ひときわ大きな水槽がありました!
これらのバケツや水槽は、これからおこなわれる雨乞いの儀式、道行で大活躍します。
なお、厳正寺の周りに屋台は出ていません。「屋台でご飯を食べて水止舞を見よう」と思ってもできませんので、ご注意ください!
厳正寺を通過して徒歩2分。大田区立大森第一小学校前の交差点が、道行のスタート地点です。
小学校前は大混雑! テレビ局の取材クルーや個人の配信者、観客でごった返しています。大森町にこんなに人が集まっているのは初めて見ました……! 注目度の高さが伺えます
いよいよ水止舞の最初の儀式、道行が始まります。道行は龍神に水を掛け、元気になってもらうことで雨乞いをする儀式です。
巻き上げて筒のようにした藁の縄を、龍神に見立てます。このなかに人が入り、水を掛けられるたびに法螺貝を吹くことで、喜んで雄叫びを上げる龍神の様子を表現するんだそう。
う~ん、自分で書いておきながら、なかなかに奇抜だ……。龍神を祀る儀式としてこの方法を思いついた人の発想力がすごすぎる……。
それでは、ダイナミックでクレイジーな道行を体験していきましょう。
「これから道行というパレードを始めます! 」
と、メガホンを持った男性が呼びかけると、「これ、パレードなんだ……」と周りの観客はざわざわ。
「大量の水が掛かります。機材が壊れても、いっっっさい責任を負いません!!! 」
と男性が高らかに宣言すると、笑いの渦が巻き起こりました。みんな、覚悟はばっちりのようです。
さあ、ここからがびしょぬれパレードの幕開けです!
うぎゃあ!!!!!
開始の合図とともにとんでもない量の水が飛んできました。「ちょっとは濡れるかな」と思って持ってきていたバスタオルは一瞬で使い物にならなくなりました。
バケツに入ったたっぷりの水をぶちまけるみなさん。「ぶちまける」という言葉が似合ってしまうほど清々しい掛けっぷりです。
いかに遠くまで綺麗に飛ばせるかの大会みたいになっていました。
子どもたちは「キャーーッ!! 」と大騒ぎ。大人たちはもう……笑うしかありません。人間、ここまで一瞬でずぶ濡れになってしまうと、自然に笑いが込みあげてきてしまうようです。つまり、ここにいる全員笑顔です!
あちこちにあったバケツと水槽はもちろんフル活用されています。
なかには、すでに水槽が空になってしまい、追加で水を貯めているそばから汲んでいる光景も……。
雨やシャワーの比ではない、強烈な水量が降り注ぐなか、一番大変なのはもちろんこの人たち。
たくさんの人に見守られながら、水を掛けられるたびに法螺貝を吹く彼ら。顔が赤らんでいました。溺れてしまわないか心配になります。暑いのか寒いのか訳が分からなくなりそうだ……。
藁はどんどん水を吸って、重たくなっていきます。
ぐっしょり濡れた藁を男性5人ほどで運んでいました。120mほどの距離を、水を掛けられながら、何度も持ち上げて運ぶのは本当に重労働だろうな……。
なんとか厳正寺の目のまえまで龍神たちが運ばれてきました! ひときわ大きな水槽に張られた水が、これでもかと放たれます! ここが最後の水掛け場所です。
厳正寺に入ると水は止み、藁は舞台へと運ばれます。龍神は舞台に上がると体が解かれてしまうそうで、必死に身をよじって抵抗します。周りの人が「おお~暴れてるぞ~! 」と実況して盛り上げていました。みんなでひとつの物語を作っているような感覚になります。
龍神は舞台に上がって早々、あっという間に……、
ほどかれて縄になってしまいました。
この縄と龍神の頭は、舞台を取り囲むように置かれ、水止舞の最後まで儀式を見守っていました。
やれやれ……もうびしょぬれだ……。しかし、ここで帰ってしまったらもったいありません。さっきまでやっていた道行は「雨乞い」の儀式。肝心の「雨止め」はこれからなんですから!
雨止めの儀式で奉納されるのは、その名も「水止舞」。この行事の本編とも言えるでしょう。みなさんがイメージする一般的な「獅子舞」とは、ビジュアルも内容もきっと違うと思うので、ぜひ足を止めて水止舞ワールドに浸ってみてください。
水止舞の大まかなストーリーは、「雌獅子(めじし)」と「雄獅子(おじし)」・「若獅子(わかじし)」が出会い、雄獅子と若獅子が雌獅子を奪い合い、最後は仲良く踊るというもの。獅子は「水止(しし)」とも書きます。
黒い羽根を付けた赤い面の人が雌獅子。2匹の獅子から恋心を寄せられるヒロイン役です。主に、「トコ…トン」のリズムで太鼓を叩きながら進み、「トン」のときに軽く膝を曲げるおしとやかな動きをしていました。
青い面の2人が雄獅子と若獅子です。2匹はいわば恋敵。雌獅子とともにリズムを奏でるときもあれば、写真のようににらみ合うときもあります。踊りは雌獅子と比べて激しく、「ドン! 」と舞台を踏み鳴らす場面もありました。
雌獅子の横にいる、頭に大きな牡丹の花をつけた赤い面の2人は「花籠(はなかご)」。獅子たちの太鼓に合わせて、「シャシャ…シャッ」と手に持った「ささら」を鳴らします。
水止舞は後半に進むにつれて、どんどん踊りが激しくなっていきます。
足を大きく上げたり、
床を擦るようにかがんで動いたり、
みんなで円になって前かがみになったり……。踊りのバリエーションがかなりあることに驚きました。
なかでも面白かったのが、『雌獅子かくしの舞』。雄獅子が隠した雌獅子を、ばれないように若獅子が追うストーリーですが、踊りの途中途中でユニークな解説が挟まります。
「さあ若獅子、大きく舞え! 」
「若獅子、3度目の挑戦です! 今度は雄獅子に見つからないように! 」
「若獅子、見つかってしまった~! 怒る雄獅子! 」
「若獅子、がんばれ! 」
いやあ、面白すぎますって……。これは解説というより実況だ!
お祭りや行事の「舞」って、「今、どんなシーンなのか」が分かりにくく、「なにかやってるな~」と素通りしてしまうこともあったのですが、これならよく分かります。観客もクスッと笑いながら、物語を楽しんでいました。
水止舞が終わったあと、希望者は獅子を頭に乗せてもらえます。男性は雌獅子、女性は雄獅子か若獅子を乗せてもらうと、健康のご利益があるそうです。
もちろん私も乗せてもらいました!
水止舞が終わるころには、ぐっしょり濡れていた服もかなり乾いてきました。「びしょぬれになりたい! でも電車に乗って帰りたい! 」と思う人は、水止舞を最後まで見れば乾かせるかもしれません。
おや……、なんだか日が差してきましたね。午後から雨予報だったのに。
今年も雨止めの行事、水止舞は成功したようです。
スッキリした快活な笑顔で来てくれたのは、道行で法螺貝を吹いていた山田さん。水止舞が終わった直後でお疲れのところ、少しだけインタビューのお時間をいただきました!
――率直に、水止舞が終わってみてどんな気持ちですか?
「今年も夏が来たなあと感じました! 」
――あれ、今年もということは、もしかして昨年も法螺貝を吹いていたんですか!?
「ええ、もう道行で法螺貝を吹き始めて20年です」
――ええ~~!! 大ベテランなのですね! じゃあ、始めたころはまだ20代くらいですか。
「はい。道行をつとめ始めたのは学生のころでした」
――ちなみに、どうやって法螺貝を吹く役目は決まるのでしょうか。
「これまでは身体の大きな人が選ばれてきました。ただ、今回一緒に法螺貝を吹いたもう一人の人は僕より細身なので、みんなそっちの藁を運びたがっていました。そりゃあ、軽いほうが運びやすいですよね(笑)」
――なるほど(笑)。では、来年も山田さんの道行が見れると期待していいんですかね?
「そうかもしれません。大変なので、後継者がいれば代わってもらってもいいんですけどね(笑)! 」
――どんな人が後継者候補になれるのでしょうか?
「基本的には水止舞に参加しているボーイスカウトのみんなからですかね。僕も元々、ボーイスカウトとして子どものころから水止舞に参加していたんです。当時は舞や笛を担当していました」
――そうだったんですね! では、先ほど舞を披露してくれていた子どもたちのなかには、将来法螺貝を吹く子もいるかもしれない……のでしょうか。
「そうかもしれませんね。水止舞を未来に継承していってもらえたら嬉しいです! 」
――こうやって無形民俗文化財の伝統は続いていくのですね! 貴重なお話をありがとうございました!
今回は2024年7月15日に開催された水止舞を紹介しました。水止舞は毎年7月の第二日曜日に開催されるので、奇祭で唯一無二の体験をしてみたい人は、ぜひ来年の予定を空けておいてください。プールより、海より、刺激的でびしょぬれな夏が、待っているかもしれません。
開催場所:浄土真宗本願寺派 柳紅山 厳正寺
所在地:東京都大田区大森東三丁目7番27号
開催日時:毎年7月 第二日曜日(雨天決行)
(2024年度は7月15日・月/祝)
午後1時から午後3時
アクセス:京浜急行「大森町」駅より徒歩約8分
TEL:080-4931-4321
公式HP:https://www.mizudome.com/
本記事のライター:ぼっちのazumiさん
プロフィール:
ひとり旅や散歩が趣味のフリーライター。大田区在住。観光記事やインタビュー記事を中心に執筆している。他の人が気づかない穴場スポットに行くのが好きで、大田区内のクチコミがついていない小さな稲荷神社を周りつくした。独自の視点で臨場感のある文章を書けるよう心掛けている。
監修:松本里美/三好順