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  • 2025.1.20
  • グルメスポット

五感で楽しむ馬込巡り!日本画&書道作品を堪能するアートな週末時間

休日にふらりと立ち寄った本屋さんでたまたま手に取った「東京・大田区観光ガイドブック」。ページをめくっていくと、馬込エリアに名だたる文豪や画家が暮らしていたという記述に目が留まりました。

自分でも詳しく調べてみると、かつてその地で暮らしていた人物たちの足跡が、今でも街のあちこちに残されているみたい。馬込の穏やかな町並みや古き良き商店街などの風景にも惹かれます。

この機会に、馬込に秘められた歴史やその魅力にどっぷり浸かってみたい……。そんな気持ちがふつふつと湧いてきて、さっそく週末の馬込エリア探訪に行ってきました! 「大田区立龍子記念館(りゅうしきねんかん)」に「大田区立熊谷恒子記念館(くまがいつねこきねんかん)」、それに西馬込の地名から名前がとられたカフェ、馬込で長年愛される和菓子店なども巡ろうと思います。今から楽しみです!

新馬込橋の上に作品展示!? 大田区ゆかりの版画作品を眺めながら渡る

馬込がアートなエリアなのは、こんな何気ない場所からも伝わってきました。写真は、都営地下鉄浅草線「馬込」駅から5分ほど歩いたところにある新馬込橋です。

橋の欄干には、大田区で長く暮らしていたという川瀬巴水(かわせ はすい)の版画作品が。数歩進むたびに新しい作品が現れて、まるで橋の上の美術館を楽しんでいる気分! 月が浮かぶ馬込の夜景や、雪化粧をした池上本門寺など、大田区ゆかりの作品もあってちょっと嬉しくなります。

日本画の色褪せない美しさは圧巻! 「龍子記念館」でアートに向き合う贅沢時間

今度は都営地下鉄浅草線「西馬込」駅の南口から、のどかな馬込の街並みを15分ほど歩いていくと、目を引く不思議な建物が現れました!

ここは「大田区立龍子記念館(りゅうしきねんかん)」です。川端龍子(かわばたりゅうし)は、大正・昭和に活躍した日本画壇の巨匠として知られています。

龍子記念館は龍子自身が設計を手がけているのだとか。龍子という名前になぞらえて、タツノオトシゴのような形をした建物をデザインしたと聞いて、びっくり! 絵も描いて、建物まで設計できてしまうなんて、その多才っぷりに早くも感動しました。

アートは好きですが、龍子の絵を観るのはこれが初めて。あえて、ネットやSNSでは検索せず、まったくの初見で鑑賞することにしました。「龍子記念館」の門をくぐりながら、どんな絵が現れるのかイメージが膨らみます。

今回は『川端龍子+高橋龍太郎コレクション コラボレーション企画展「ファンタジーの力」』という企画展が開催されていました(2025年3月2日[日]まで)。

アートコレクターとして知られる精神科医・高橋龍太郎氏のコレクションを、龍子の作品とともに飾る特別な展示。いったいどんなコラボになっているのか? 興味津々です。

展示室に一歩足を踏み入れると、その神聖な雰囲気に思わず息を飲みました。「ファンタジーの力」という表題にふさわしい、どこか非現実的な空気感が展示室全体に漂っています。

最初に私を出迎えてくれたのは、龍子の「花摘雲(1940年)」という作品。見上げるほど大きなキャンバスに、地上に咲く野花を摘む天女が大胆に配置されています。

龍子が戦時中の中国を訪れ、描いたものなのだそう。戦火の只中にありながら、慈悲深い笑みを浮かべる天女の柔らかな筆致からは、人々の心に安らぎを届けたいという思いが伝わってきます。

しかしそれと同時に、摘み取られていく花という描写からは、龍子が戦争に抱いていた悲しみを感じ取らざるを得ませんでした。

「龍子の作品は、その時々の時代背景や心情を反映した大胆な表現が特徴なんです」と学芸員さんのお話を聞き、作品の持つ迫力に納得しました。

続いて目に留まったのは、床に展示された大きな旅行カバン。こちらは実際に龍子本人が使っていたもので、中国で「花摘雲」を描いたときにも持っていたものなのだとか。

龍子の旅行カバンとともに展示されていたのは、宮永愛子の作品「Letter(2013年)」。樹脂で作られたカバンの中に閉じ込められた無数の鍵が、時の流れと記憶のはかなさを感じさせます。

龍子と現代アーティストの作品を並べて鑑賞してみると、大正・昭和時代に描かれた龍子の作品は現代においても、まったく色褪せない魅力に溢れていることに気がつきます。

テイストの違う現代アーティストの作品とも違和感なく調和し、それぞれの作品が並ぶことで新たな意味や文脈が生まれ、鑑賞者の心に深く語りかけてくれる感覚がありました。

こちらは、サメやクラゲなどの海洋生物が龍巻(たつまき)に巻き込まれ、空から降ってくる様子を描いた「龍巻(1933年)」。(写真右)

隣には草間彌生の「海底(2014年)」や西ノ宮佳代の「蝶恋花-蛸(2011年)」など海をモチーフにした作品が並べられています。(写真左)

それぞれの異なる作風が同じ空間で組み合わさって、単体では生まれ得ないような、新たな解釈まで紡がれる……、そんな新鮮な雰囲気を味わえた展示でした。

「龍子記念館」の隣には、1938年に建てられた旧川端龍子邸と、そのアトリエが残っています。2024年には記念館、アトリエ、自邸の3棟がまとめて国の登録有形文化財に登録されたそうです。

人一倍こだわりが強かったという龍子の邸宅は一風変わった雰囲気。外壁に竹をあしらったデザインがおしゃれで、ついゆっくり眺めてしまいます。

さらに奥に案内されると、ガラス張りの豪華なアトリエが見えてきました! 8尺×24尺という巨大な作品を制作できる空間があり、ここで龍子は数々の大作を生み出してきたそうです。

昼間は陽の光がたっぷり入ってくるこのアトリエで、龍子が作品に向き合っていたところを想像すると、なんだか私も新しいインスピレーションが湧いてくる予感がしました。

龍子記念館

所在地:大田区中央4-2-1
アクセス:JR「大森」駅西口(山王方面)から東急バス4番「荏原町駅入口」行き乗車、「臼田坂下」バス停にて下車、徒歩約2分。または都営浅草線「西馬込」駅南口から徒歩約15分。
TEL:03-3772-0680
https://www.ota-bunka.or.jp/facilities/ryushi

凛とした「かな書」の美しさと、女性書家の生き様に心打たれる「熊谷恒子記念館」

続いて訪れたのは「大田区立熊谷恒子記念館(くまがいつねこきねんかん)」。35歳で書を始め、93歳で亡くなるまで筆を握り続けた女性書家・熊谷恒子の足跡を伝える施設です。生前の自邸を改装したこの「熊谷恒子記念館」には、なんと約170点もの書が所蔵されているそうです。

入口では、恒子の胸像が静かに書をしたためている姿を見つけました。こちらの胸像は恒子の親戚の方々によって建てられたものなのだとか。
書に向き合うときは、いつも必ず着物をまとい、美しい姿勢で丁寧に筆を運んでいたという彼女。その静謐な感性が胸像の横顔から伝わってきました。

恒子は「かな書」の第一人者として活躍した書道家です。かな書とは、中国から伝わった漢字をもとに平安時代に簡略化されて生まれた、日本特有の文字のこと。

展示室では「嬉しい心」という絶筆をはじめ、同じ和歌を何度も書き記した練習作品も見ることができました。

「かな書」を見るのは初めてで、じっと観察しても書いてあることを読み取ることはできなかったものの、凛とした筆の運びはどこか心を落ちつける美しさがありました。

展示からはその半生を知ることができます。なんと彼女は45歳で緑内障を原因に片目の視力を失ったのだとか。失明しながらも、体で文字を覚えようとした努力の跡に胸が熱くなります。

2階の書斎に足を踏み入れると、かつての暮らしが偲ばれる調度品の数々が。窓からは手入れの行き届いた庭園が一望でき、春には枝垂れ桜が見事な花を咲かせるそうです。

「恒子が暮らしていたころは、周囲に高い建物がなかったので大森海岸も見渡せたんですよ」という学芸員さんの言葉に、当時の眺めを想像してしまいます。

展示品の中には、彼女が愛用していた書道の道具も飾られていました。なすびの墨汁入れやかぼちゃの文鎮など、ユニークな愛用品からは恒子の可愛らしさも垣間見えます。凛としているだけではなく、遊び心もある女性だったのだと思うと、なんだか親近感が湧いてきました。

春には枝垂れ桜が咲き誇り、秋には紅葉が楽しめる日本庭園。晴れた日は池上本門寺の五重塔もわずかに望むことができ、四季折々の趣を楽しめるのだとか。

展示でも観ることができる恒子の代表作「土佐日記」は、40歳のときに出品し、東京日日・大阪毎日新聞社賞を受賞した記念碑的な作品です。練習作も多数展示されており、完成作に至るまでの試行錯誤の跡をたどることができます。

恒子の暮らした家で、彼女が向き合ってきた書に触れられる。なんて贅沢な時間なんだろう。そんなふうに思いながら、作品を観ているとあっという間に時間が経ってしまいました。「熊谷恒子記念館」は、心を落ち着けたいときにもオススメの場所です。
展示でも観ることができる恒子の代表作「土佐日記」は、40歳のときに出品し、東京日日・大阪毎日新聞社賞を受賞した記念碑的な作品です。練習作も多数展示されており、完成作に至るまでの試行錯誤の跡をたどることができます。

恒子の暮らした家で、彼女が向き合ってきた書に触れられる。なんて贅沢な時間なんだろう。そんなふうに思いながら、作品を観ているとあっという間に時間が経ってしまいました。「熊谷恒子記念館」は、心を落ち着けたいときにもオススメの場所です。

熊谷恒子記念館

所在地:東京都大田区南馬込4-5-15
アクセス:JR大森駅西口より東急バス4番「荏原町駅入口」行乗車「万福寺前」下車、徒歩5分。または都営地下鉄浅草線 西馬込駅南口下車徒歩10分。
TEL:03-3773-0123
https://www.ota-bunka.or.jp/facilities/kumagai

西馬込のオアシス「シュヴァル カフェ」で絶品パスタを堪能

街歩きの途中で休憩に立ち寄ったのは、「シュヴァル カフェ」。フランス語で「馬(=Cheval)」を意味する素敵な店名は、西馬込の地名にちなんでいるそうです。

店内は黒い壁に囲まれたガレージハウス風の造り。ウッドデッキのテラスも併設されており、晴れている日は特等席として人気なのだとか。

「シュヴァル カフェ」の店主金盛さんは「地域の方々との交流を通じて、この場所にカフェがあったらいいねという声から始まったお店です」と教えてくれました。

メニューは季節ごとに入れ替わり、市場で見つけた新鮮な食材を使った料理が並ぶのだそう。「すべて手作りで、添加物を使わない安心安全な食事を提供したい」という想いを込めたメニューの数々に、感心してため息が出てしまいます。

今回いただいたのは、ランチメニューの「パスタ 牡蛎ときのこのトマトソース(1,280円)」プレートです。

味わい深いトマトベースのパスタソースに、濃厚な牡蠣がゴロゴロと入っており、きのこの風味と相まって、なんとも贅沢な味。付け合わせの野菜も丁寧に焼き目がつけられていて、手の込んだ調理に感動しました。

「お子様連れの方も多いので、添加物を気にされる方も安心して召し上がれるよう心がけています」と金盛さん。

特製ドレッシングも玉ねぎやオリーブオイルなど、シンプルな素材だけで手作りされていると聞いてびっくりしました。

お店自慢のウッドデッキテラスには桜の木や季節の花々が植えられ、四季を感じられる空間づくりが感じられます。テラス席は暖かい季節に人気で、近所の常連さんも多いとか。

年末やお正月にはおせちを提供するなど、”いつものお店”で”ちょっとした変化”を楽しめる工夫もあり、カフェでありながら、まるで実家に帰ってきたような温かさを感じられる空間でした。

シュヴァル カフェ

所在地:東京都大田区西馬込 2-3-1
アクセス:都営浅草線「西馬込」駅西口から徒歩1分
TEL:03-6809-9441
https://www.chevalcafe.com/

商店街で伝統の味を守る「御菓子司わたなべ」で和菓子三昧

最後に訪れたのは、昭和26年創業の老舗和菓子店「御菓子司わたなべ」。昔ながらの商店街で、入口に鮮やかなのぼり旗が揺れる雰囲気は、なんだか懐かしい感じ。

お店に入ってみると、ショーケースに和菓子がずらりと並んでいます。優しい笑顔の店主さんが「何にしますか?」と親切に話しかけてくださいました。

最初に気になったのが、看板商品の「馬込三寸人参まんじゅう(140円)」。馬込の特産品「馬込三寸人参」を和菓子で表現したいという想いから生まれたそうです。

一口食べてみると、ほんのりと人参の香りがする甘い生地が優しい味わい。可愛らしくヘタをかたどったデザインがとってもキュートです! 撮影の許可をいただいて、たくさん写真を撮ってしまいました。

「文士村まんじゅう(130円)」「文士村最中(170円)」など、馬込ならではの地名がつけられたお菓子も販売されています。ご当地のお土産としてぴったりです。

お店を見回してみると、かわいい練り切りも発見!「お菓子で四季を感じてほしい」という想いを込めて、こちらもすべて手作りで仕上げているそう。

お店は、手土産や自宅用のおやつを買い求める地元の方々で賑わいます。「わたなべがあるから安心」と思ってもらえるよう、長く愛された味を絶やさないよう努めているそうです。

「わたなべ」のお菓子の優しい味わいには、お店のそんな真心が込められていると思うと、なんだか温かい気持ちになりました。

御菓子司わたなべ

所在地:東京都大田区南馬込5-32-3
アクセス:都営浅草線「西馬込」駅より徒歩3分
TEL:03-3772-5082

ここでしか味わえない五感で楽しむ馬込の魅力

丸一日馬込の地を堪能してみて、かつての馬込で暮らした文化人たちの足跡は、今も独創的な建築や芸術作品、そして人々の営みの中に息づいていることがわかりました。馬込エリアには他にもいくつか博物館や美術館があるみたい。次はどこに行こうかな。

視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚。五感で感じるこの街の魅力は、訪れる人々の心を温め、豊かな時間を過ごさせてくれます。みなさんもぜひ、歴史と芸術が彩る馬込の深い魅力に触れる旅に出かけてみませんか?

今回紹介した馬込ですが、池上、洗足池とともに、頭文字をとって「馬池洗(まいせん)」と呼ばれているエリアにあたります。冒頭に紹介した川瀬巴水は、「馬池洗」の風景をいくつか作品に残しておりますのでご紹介いたします。

「馬込の月」や「池上 市之倉(夕陽)」、「千束池」は、『東京二十景』に収められています。このシリーズでは東京の各所が描かれていますが、郊外を描いた作品は川瀬巴水が暮らした大田区域内の風景が中心となっていました。

馬込の月
池上 市之倉(夕陽)
千束池
洗足池の残雪
池上の雪
※川瀬巴水作品画像:大田区立郷土博物館提供

本記事のライター:目次ほたる

プロフィール:
海外旅行も未経験な旅初心者。取材をきっかけに旅の魅力を知り、まずは国内旅行を楽しむために、身近な地域から行ったことのない都道府県まで、魅力的なスポットをリサーチ中。

着物や茶道をはじめとした日本文化が大好きで、歴史を感じる町並みを訪れるのが趣味。そのため、休日はカメラを持って古き良き街を散策したり、美術館や博物館を巡っている。

現在は、都内でフリーランスライターをやっており、取材記事やインタビュー記事を中心に執筆。大田区の好きな駅は、東急池上線の池上駅。

監修:松本里美/三好順